日本給水党活動日誌

日々の記録

社会貢献から遠く離れて

7月7日火曜日。
夜中に強風で窓ガラスが激しく鳴り、その音で何度も目覚める。
そのまま朝を迎え、寝不足な上に昨夜からの頭痛がまだ続いていた。
頭痛と低気圧は関係あるともないとも言われていて、実際どっちなのかは分からないけどとにかく痛い。
薬を飲んだら治ったけど、去年までは気圧が低い日だからといって頭が痛くなることはなかった。年齢のせいだろうか。

今日ツイッターを見ていて目に留まった、探検家の角幡唯介さんのツイート。

世代や性別や地域性や国民性といった、生まれつきのもので何かを説明することには慎重でありたいので、この新聞記者が語ったことも本当に世代で括れるものなのかは分からない。
でも、こういう思考の広がりは自分も感じることがある。
「お金のため」とか「出世のため」というような考え方に嫌悪感を持つ人は多くても、「社会のため」「地域のため」という意識を否定する人はそうそういない。
自分ももちろんそのひとり。
ただ、それが「社会のためにも地域のためにもならない行為に価値はない」ということになると、それは待ってくれと思ってしまう。
団地の給水塔巡りという、明らかに社会貢献から遠く離れた行為を続けている自分としては、こういう思考が支配する世の中はとても窮屈に感じる。
もちろん、給水塔の写真をきっかけに昔の思い出が蘇る人がいたりして、そういう形で結果的に役に立つこともあるかもしれないけれど、最初から何かに役立てるために動いているわけではない。
昨日の赤瀬川さんの話でいえば、『路上観察學入門』の中で「ため波」という言葉があった。何かの"ため"にする波に乗ってしまうと、路上観察的な面白さは消えてしまうという話。
ちなみに「ため波」のほかにもう一つ挙げられていたのは、ウケを狙う「うけ波」で、「ため波」は企業から出て「うけ波」はジャーナリズムから出てくるとあった。
今だと「うけ波」の発生源はツイッターをはじめとしたネットかもしれない。
自分も波に飲まれないよう気をつけたい。

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今日撮ったのは強風で壊れたビニール傘の写真だけ。
ため波もうけ波も発生していない写真。