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日本給水党はてな支部

日本給水党党首の日々の記録

大滝詠一さんと私~When My Niagara Moon Turns To Gold Again

音楽

大瀧詠一さん急死:リンゴ食べている時に倒れる 65歳早すぎる…ポップスの天才 - 毎日新聞

1982年生まれの僕が大滝さんを知ったのは、月並みだけど1997年の大ヒットシングル「幸せな結末」。 と言ってもすぐにファンになったわけでもなく、また高校生の貧しい財布に2曲で1,000円のCDシングルは割高に思い、ニューアルバムのリリースを待っていました。 (今思えば待つだけ無駄、「期待は失望の母」だったのですが、当時は何も知らなかった)

そんな折、1999年のお正月にたまたまラジオ欄で見つけて聴いたNHK-FM大瀧詠一の日本ポップス伝2」。 戦後日本の様々な流行歌を、発展史観と懐古趣味のどちらにも拠らず「関係性と変遷」を軸として提示するスタイルはとても刺激的でした。 当時高校生ながらAMラジオマニアで、いわゆる「懐メロ番組」はよく聴いていましたが、それとは全くの別物。 全5回の放送のうち第1回はただ聴いただけでしたが、「これはただのラジオ番組じゃないぞ!」と感じ、第2回以降はMDに録音して何度も何度も聴き返しました。 (現在はYouTubeやニコ動にアップされているようです。)

「ポップス伝2」で完全にノックアウトされ、これはやはりこの人のアルバムも聴かなければと思いCD屋へ。 相変わらずニューアルバムは出ていませんでしたが、ありがたい事にちょうどボーナストラック入りの旧譜リマスター盤が1枚1,500円で売られていた頃で、これを毎月ちょっとずつ購入していきました。 アメリカン・ポップスから音頭まで、さまざまな要素が散りばめられた万華鏡のような楽曲群。 さらに、その楽曲の背景を解説する、本人執筆の詳細なライナーノーツ。 むさぼるように聞き、むさぼるように読みました。

以後の自分の音楽聴取遍歴は、全て大滝さんを基点にしていると言っても過言ではありません。 試しにiTunesのライブラリを「年」でソートしたら、一番古い曲はGeorge Gershwin「When You Want 'Em, You Can't Get 'Em, When You've Got 'Em, You Don't Want 'Em」(1916年)、新しい曲は曽我部恵一「バカばっかり」(2013年)でした。どちらも僕にとっては大滝さんを基点に辿りついたミュージシャンです。 あ、曽我部さん、というかサニーデイ・サービスはっぴいえんどより後に聴いたので最初は「はっぴいえんどのパクリやん!」と思った嫌な高校生でした(笑) (もちろん今はそんな風に思ってませんよ)

音楽に限らず、たとえば自分が団地を探求する姿勢も、懐古趣味や発展史観では捉えない大滝さんのような姿勢でありたいと心がけてきました(その通りできているかは心許ないですが)。そういう意味で、一度もお会いしたことはありませんが自分にとって大滝さんはまさに「師匠」です。

ここ数年はNHK-FMで「日本ポップス伝」のアメリカン・ポップス版である「アメリカン・ポップス伝」を不定期で放送されており、毎回とても楽しみにしていました。 まだまだやる事はたくさん残っていたはずです。

大滝さんが亡くなったことについて、正直なところまだ事実として受け止め切れていません。 ほかのナイアガラー(大滝ファン)の方もそうだと思います。 そんな中で何を書くべきか迷いましたが、自分の心の整理をするためにも、自分が大滝さんを知った経緯を中心に書いてみた次第です。 謹んでお悔やみ申し上げます。