日本給水党はてな支部

日本給水党党首の日々の記録

読書メモ:原武史「団地の空間政治学」

「滝山コミューン一九七四」で団地と戦後革新思想との関係性を、主に自身が小学校で受けた集団主義教育を通して自伝的に描いた原武史先生。 本書ではひばりヶ丘団地や多摩平団地、千葉の常盤平団地、そして大阪の香里団地などさらに広範囲の団地を対象に、各団地自治会の会報や政党機関紙などの史料によって「団地という空間が作り出した政治」を分析しています。

安保闘争がピークに達した1960年は、団地において「コンクリートの壁に象徴される『私生活主義』と団地自治会に象徴される『地域自治』とが、同時並行的に現れた」(p57)時代でもありました。 にもかかわらず、従来の研究では前者との関係性ばかりが論じられ、後者の視点が欠けていたと著者は言います。そこで後者の視点をより重視しながら、本書では各団地の個別具体的な運動の歴史が描かれています。 (しかし学術的なレベルではともかく、個人的実感としては、私生活主義よりもむしろ「団地の住民は結びつきが強くて親しみやすい」といったような、ノスタルジーを帯びた視点で「団地コミュニティの強さ」を強調する語り口の方が多い気がしますが、まあそれは別の話ということで)

例えば香里団地では「政党や宗教団体ではなく、個人を基盤とする民主主義であり、(中略)地域に根ざした下からの民主主義」(p75)を標榜して結成された香里ヶ丘文化会議の活動は、次第に確固とした組織体である共産党に押されていき、そしてその共産党の伸張も長くは続かず、70年代中盤からはより広い団地への住民の引越しや高齢化による人口減に伴い、活動は衰退局面に入っていきます。 そして引越し先の団地は高島平団地に代表される高層団地で、そこには階段室を共有することによるコミュニケーションなどはなく、「私生活主義」がより強固なものとなっていく…。 各団地ごとに差異はありますが、どの団地も概ねこのような流れをたどっています。

共産党が団地で支持を伸ばした主な理由としては ・赤旗日曜版や赤旗まつりに代表されるソフト路線への転換(いわゆる「ほほえみ戦術」) ・公営住宅の大量建設など、団地を重視した政策の標榜 ・1962年に結成された「新日本婦人の会」所属の主婦層を中心とした活動 が挙げられています。 この中でも特に重要なのは3番目でしょう。団地居住者の中核を成す核家族では、サラリーマンの男性は日中家を空けることが多く、自治会活動の中心は女性が担うことが多かったからです。 その主婦層を組織化した「新日本婦人の会」の活動は各団地において自治会活動と(時にはその党派性を批判されながらも)一体的に展開され、広がっていきました。

ただ本書ではこうした共産党の伸張ぶりは詳細に書かれている反面、1960年に読売新聞が東京と大阪の団地住民を対象に行ったアンケートで「支持政党としては東京でも大阪でも日本社会党が最も多」(p51)かったとされているにも関わらず、その社会党の活動はほとんど描かれていません。 社会党はよく「社会党=総評ブロック」と呼ばれるように労組依存体質の政党だったので、団地内で目立った組織的活動はしていなかったのかもしれません。 しかし社会党についての記述が乏しいために、共産党の伸張についても「自民党を食った」だけなのか、あるいは「社会党を食った」(つまり革新系同士での支持者の奪い合い)部分も相当あったのかが本書ではよく分かりませんでした。

また、今自分が団地巡りをしていて最も目にするポスターは、共産でも社民でも自民でもなく、公明党のものです。しかし公明党創価学会)の活動への言及も、共産党のそれに比べるとかなり少ないです。公明党の活動が共産党の完全な後追いであった」(p242)としても、もう少し深く掘り下げてほしかったところです。

とはいえ自治会を初めとした、団地を基盤にした組織や運動の歴史についてここまで正面から論じた本は他になく、今後の団地におけるコミュニティを考える上でも幅広い層に読んでいただきたい作品です。